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週刊Neue Fahne

2016年09月05日号

管理職は部下の育成に対して計画性と期限を持って臨む必要がある

 管理職は“部下は育つものではなく育てるものである”ということを肝に銘じておかなければならない。ことあるごとに「部下が育たない」であるとか「優秀な部下がいない」と愚痴る管理職がいる。また、「何度も同じことを注意しているのに、直らない。部下が育ってくれないので困る」と部下の行動に不満を抱く管理職もいる。
 しかし、この愚痴や不満は“天に唾するもの”である。部下が育たないのは、部下から見たならば範となるべき“上司が不在である”との思いを抱いている場合もあるからだ。

 管理職が部下の成長に抱く愚痴や不満は、“部下は自然に育つものである”という勘違いに根ざしている場合が多い。管理職にしてみれば「部下は理解しているはずだ…」「教えたのだから、できて当然だ…」との思いが先行するものだ。ところが、「教えた」といっても、実際には「一度だけやり方を教えたことがある」に過ぎなかったりする。さらに単なる管理職側の理解を「部下も理解しているはずである」と思い込んでいる場合もある。
 こうした管理職の姿勢の下では、部下の育成が往々にしてお題目になっている場合がある。このお題目は管理職としての部下育成の放棄を意味し、結果的に部下を“放置”することになる。さらにいえばこうした管理職の姿勢を部下は鋭く見抜くものだ。

 とりわけ、新卒や中途採用を問わず自部署に新たな配属されてきた新人に対するOJTにおいて、管理職がこの種の“放置”を繰り返すならば、部下は育つどころか早々に離職することにもなる。管理職は部下に対して何度でも、わかるようになるまで、できるようになるまで、指示し、指導して訓練をさせなければならない。
 管理職が抱きがちな「あまりこちらの手をわずらわせずに育ってほしい…」と思う心理は、自分自身の他力本願さを暴露するようなものでもある。同時に管理職は部下の育成は「面倒くさいものである」との思いを率直に認める必要もある。そもそも生まれも経験則も異なる者が共通の目的にもとに集まっているのが会社組織だ。このため“阿吽の呼吸”などは最初から存在していないし、求めるべきものでもない。まして業務行動においては当然のことながら一人ひとりに得手不得手が存在する。こうした一人ひとりの部下対応が楽なはずはなく、実に面倒なものである。

 管理職は“育成とは面倒な事柄である”という自覚の下で、部下に求める一つ一つの業務行動に対して、部下のレベルに相応した指示、指導、訓練を選択していかなければならない。これは相当の辛抱強さと根気が要求されることになる。特に、同じミスが繰り返されている場合は、その点について、中間報告をこまめに実行させて確認を行っていく必要もある。決して、「もうこの程度の事は出来て当然である…」と思わず、しつこいぐらいの繰り返しが必要となる。
 管理職にとっての部下指導とは、“わかるまで、できるまで、何度も同じことを繰り返させる”という愚直な反復ということだ。ただし、この管理職の部下育成は無期限であってはならない。また、部下に阿る必要もまったくない。あくまでも部下の成長課題に対して計画性と期限を持って臨むということだ。

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