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週刊Neue Fahne

2014年06月09日号

管理職は面子、権威、我欲に囚われてはならない

“人望”という言葉がある。辞書的な意味は、「信頼できる人物として、人々から慕い仰がれること」だ。管理職の立場に置き換えるならば、部下の価値を認め、正しく評価できる能力があり、部下を引っ張る力が、“人望”ということになるだろう。
 管理職の能力として「仕事ができる」ということは、前提条件であることはいうまでもない。しかし、いくら仕事ができて業績を上げる実力が備わっていても、部下はもとより同僚や他部門の責任者から信頼されない人物では、組織の長として、あるいは責任ある部署を任された場合にマネジメント力を発揮することはできない。

 二昔ほど前であればどのような職場にも部下の不満や愚痴の“聞き役的な人物”が存在していたものだ。こうした聞き役はある意味で組織の潤滑油の役割も果たしてきた。また、職場の“生き字引”のような役割も果たしていた。しかし、今日では一見すると直接的な業績に直結していない(目に見えない)役割を担う者を配置する余裕が組織から失われている。
  そのため、この種の目に見えない役割が、管理職の本来業務である業績貢献に付加されている。ところがこの役割は、かならずしも業務に直結していない。また、単にコーチングやメンター研修、さらにはリーダー研修などを一度や二度受講したから身につくものでもない。

  ところで、時代変遷とはかかわりなくリーダーシップ論が語られてきた。しかし、多くのリーダーシップ論において展開されるスキルの前提となっている要素は、「他者からの人望のない人物は、リーダーたりえない…」ということではないか。
 管理職本人に仕事を展開する実力があったとしても、部下から人間的に信頼されない人物は、組織の長として本来の力を発揮できない。確かに管理職は自分の職務権限や役職ないし肩書で、部下に対して指導性を発揮させることはできる。一方でこの種の指導に部下は得てして“面従腹背”という防衛手段で臨むものだ。

 乱暴ないい方だが会社組織において知識、実力、経験の差はたかが知れたもので、経年によって蓄積されるケースが多い。また、一つ一つの知識においては管理職よりも部下のほうが優れている点もある。こう考えると管理職を管理職とならしめるものは、他者を牽引していく人間としてのパワーを発揮できるか否かにかかってく。
  このパワーは職務権限や役職ないし肩書に付与されるものではない。管理職自身による部下への不断の働きかけでしか形成されない。さらにいえば、自分の面子や権威、我欲に囚われることなく、いったこと、約束したことを守り、自分に非があれば真摯にそれを受け止めるという「当然の感覚」を磨くことだ。

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