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週刊Neue Fahne

2014年07月07日号

自分の行動を客観的に捉えることができるのが管理職

 本来「管理職としての素養」が備わっていない管理職が存在している。管理職が管理職たりえるのは、単に「仕事ができる」ということだけが基準ではない。ところが、往々にして「仕事ができる」(営業成績がよい)であるとか、社歴の長さや企業内での経験の蓄積や何がしかの「都合」など、ある種の成り行きで管理職に登用されるケースがいまだに多いのが現実がある。
 こうした「成り行き」で登用された管理職であっても部下・同僚からの信頼を得ることができる。しかし、そのためには管理職の役割と課題に対する不断の「学び」が必要であることを自覚していなければならない。

 管理職としての職務は自分自身が、部下・同僚から「どのように見られているか」という意識を醸成できなければ務まらない。仮にこの意識が未成熟な場合には、やたらと「権威」を振りかざし、「部下への指示命令権を発動することが自分の役割である」と錯覚を起こしてしまう危険性がある。
 この錯覚は「管理職」の役割認識ができていないことに起因している。管理職とは会社の「方針に沿った自らの意思を部下とともに実現する人」ということである。つまり、会社の経営理念にのっとり、周囲(部下・後輩・同僚)からの期待に応えながら、健全な人間観の下で、業務遂行ができるコミュニケーション能力に秀でている人ということだ。
 従って、部下を動かすことができない者は、管理職の前提条件からして失格である。仮にこうした「周囲を動かすことができない者」が管理職の地位につくと必然的に「指導」と称するパワハラ行為に走ることになる。

 おそらく世の中で「パワハラ」と指弾される行為に走る管理職は、この種の周囲を動かすことができない者たちである。つまり、本来的に管理職としての素養が未熟で、管理的立場には就いてはならない人ということになる。もちろん、管理職も誤りも犯せば、業務推進に迷いを持つこともある。問題はそうした自分自身としっかりと向き合うことができるか否かである。
 自分自身と向き合うとは、常に「有能さは習得できる」「成長も学習も自分の努力の結果である」という思いを持って真摯な姿勢で他者と接することができるということだ。

 管理職の真摯さとは、“自分をあたかも外から見ているように自分自身を客観視する”ことができるということでもある。言い換えれば現在進行中の自分の思考や行動そのものを相対化して認識し、自分の行動を客観的に把握する能力を磨く必要があるということだ。
 この能力が低くければ「自分が他人(つまり、部下・後輩など周囲)からどのように見られているか?」ということが把握できない。
 さらには、「自分が感じているように他人も感じるだろう」と勝手に思い込むことになる。新任管理職は当然のこととして、すでに管理的立場に立っている者は、常に自分の行動を客観的にとらえることを心掛けなければならない。

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