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週刊Neue Fahne

2015年11月09日号

管理職はマネジメントに雇用形態の差異を持ち込んではならない

 自分の仕事や働きを重視するのではなく、“どこの会社に勤めているか”を重視する傾向がいまだにある。もっとも新卒一括採用スタイルが中心の現状では、この意識から抜け切れないのかもしれない。このため、あたかも就労者の価値が就職先で決まるかのような錯覚がまかり通っている。
 就職を控えた学生は相も変わらず“どこの企業に就職するのか”にこだわり、親も学校にも“どこの企業に就職させるか”に限りなく執着する。こうした傾向に対して「“就職”ではなく“就社”である」と批判がなされているが、最近の就職活動現場ではますます顕著になってきている。

 自分が“どこの会社に勤めているか”に価値基準を置くならば「寄らば大樹の陰」との意識に陥るのは当然である。つまり、自らの行う仕事=ジョブに対して価値を見出すのではなく、組織の構成員=メンバーになることが目的化する。しかも、こうした価値基準は知らず知らずに業務行動や就労姿勢にあらわれてくるものだ。
 メンバーになることを目的とするならば、大きな組織のメンバーに属すことに越したことはないとの発想に繋がるのは当然の帰結だ。このため、新卒学生は“世間的にブランドがある会社”を選択の基準とし「将来、安泰である」ことが、その会社で何をやるのかより重視されているということだ。

 こうした学生たちの傾向を「困ったことだ…」といくら批判しても始まらない。この意識は他人事ではなく新卒者に限らず、企業組織に属す者のすべてに内在しているものだ。今日、どのような職場にも多様な就労形態での働きが一般化している。そして既存の従業員には、大別すると正規雇用=メンバーと非正規雇用=メンバー以外という発想が蔓延している。正規雇用者は自分が“メンバーであることに安住”する。非正規雇用者は“メンバーになりたい”と発想する。つまり、あくまでも自らの仕事や働きを基準にするのではなく、雇用形態の差異に問題があるかのように発想する。
 こうした仕事や働き方を度外視した発想が、何時しか雇用形態の差異による無意味な対立構造を就労現場に生み出すことになる。企業の就労現場で重視しなければならないのは、雇用形態の差異ではなく一人ひとりに仕事や働きに対する“成熟した意識”が形成されているか否かということだ。企業にとっては正規雇用者であろうがなかろうが、就労意識が欠如した者を企業内余剰人員として抱えていくことはできない。

 特に管理職は自分の部門・部署の部下に対して雇用形態に関わりなく、仕事への取り組み姿勢を大きな判断基準としていかなければならない。職場を見渡せば正規・非正規を問わず就労意識にズレが生じている者が存在している。仮に正規雇用者であったとしても漫然とした仕事ぶりを繰り返す者に対しては、“会社は順風であっても一つ判断を誤れば一夜のうちに凋落する”という危機感を持たせなければならない。
 危機意識の欠如は必然的に「会社が○○をしてくれない」という愚痴の温床ともなる。同時に多様な雇用形態の存在に対するある種の優越意識ともなる。今日ではどのような企業組織でも未来永劫とも安泰であるなどという保証はない。管理職は部下に“メンバーであることに安住する”ことなく、自らの行っている仕事や働きの内容が「はたしてどこででも通用するものであるか」という振り返る視点を常に持たせていかなければならない。もちろん、管理職が自らこの意識を先取しなければならない。
 雇用形態に関わりなく企業人の武器となるのは、企業組織において自らの頭で考え、自らの判断基準で行動し、組織全体に貢献していくことができるという能力だけである。この能力が備わっていない者は、雇用形態に関わりなく所詮は井の中の蛙になってしまう。管理職は自らのマネジメント姿勢において、決して雇用形態による差異を持ち込んではならない。この意識は新卒学生が抱きがちな価値基準と同根のものである。

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