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週刊Neue Fahne

2011年07月19日号

責任意識の蓄積が「リーダーシップ」を磨く

 自分自身が背負う責任を自覚することから「リーダーシップ」感覚は醸成されるものだ。ただし、ここでいう「責任」とは、従業員一人ひとりが等しく会社組織が「本来の管理監督者である管理者」に課している業務上の責任と同じではない。「経営者と一体的な立場」「出退勤の自由」「地位にふさわしい待遇」などの条件を満たしていない一般の従業員が、「本来の管理監督者である管理者」と同等の責任を負えるはずもない。

 ここでいう「責任」とは、以下のことだ。
・指示された業務に対して、自分自身の頭で考え、最善の方法で 処理をする。
・常に当事者としての立ち振る舞いに徹する。
・与えられた仕事を途中で投げ出さず、一定の成果物として仕上 げる。
 つまり責任とは、仕事を行う上で自分自身に課している「決めごと」(流儀)を貫くという意味である。
 たとえば、自分が仕事上で失敗を犯し、お客さまに迷惑をかけてしまったとする。この時に会社としての責任は、当然にも仕事を指示した上司の側にある。仮に上司の側が「自分で責任を取れ」などといったならば、上司自身の任務放棄であることはいうまでもない。
 では失敗を犯した当人は、どのような態度を取るべきなのか。「指示した責任は上司にあるのだから、自分には責任がない…」などの態度を取ってしまうことほど、自分を卑しめる最悪なものはないということだ。

 管理者が負うべき役割範囲と、一従業員に課せられている役割範囲の違いから、単純に仕事に対する「責任」を云々していては、自分自身の職務能力を向上させることは決してできない。まして「自分はいわれた通りにやっただけだ」などと発想してしまっては、自分自身の成長は止まってしまう。
 仕事は一から十まで上司が指示してくれると思ってはならない。さらに仕事には必ず「最終目的」が存在しているということを忘れてはならない。会社ではどのような仕事であっても、意味があるからその仕事が行われているということを理解しなければならない。
 この事に気づけば、自分が行っているいまの仕事に対して、より効率的な展開を考えたり、無駄をなくすための方法を考えたりすることができるようになる。

 仕事とは当事者意識と目的意識のある者に回ってくるものである。するとその仕事を通して自分自身の果たすべき役割課題も拡大し、目には見えない影響力を周りに発し始める。この流れが「リーダーシップ」として蓄積されてくるものである。

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