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週刊Neue Fahne

2018年07月30日号

管理職は部下の成長を“自らの喜び”と感じ、“楽しむ”こと

 現場マネジメントを司る者にとって部下育成は忍耐をともなうものだ。今日、職場の多くは20代から60代までの世代で構成されている。しかも職場には多様な雇用形態で働く者が混在している。従って、管理職にとって指導・育成は単純に正規雇用者のみを対象としている訳ではない。部下育成で管理職が特に戒めなければならないことは、“部下育成は面倒である”という億劫意識だ。
 まして、表面的に自分の意のままに動いてくれる部下の行動に惑わされて、「成長してきた」などと錯覚してはならない。同時に部下を「使える部下」と「使えない部下」などと単純分類することも誤りである。

 管理職にとって部下の育成度合は、自らのマネジメント力を測るバロメーターでもあることを忘れてはならない。この観点が欠如するならば自分が上手に活用できない部下に対して頭ごなしに「使えない部下」という烙印を押すことになる。組織マネジメントにおいては、“使えない部下”の存在が問題ではなく、“部下を使えない管理職”の方が深刻な問題に発展する。往々にして“使えない部下が多い”などと愚痴る管理職は、“部下を活用することができない”ことを自己暴露するに等しい。自分が上手に活用できない部下を排除している限り、組織をあずかるものとしての管理職の成長はない。
 自分基準で「使える」「使えない」に分けて、“使える部下”だけを重宝することは、誰にでもできることだ。しかし、これでは組織力は永遠に高まらない。最近では採用市場で「即戦力」という言葉が流行っているためか、次々と“使える人材”が外部市場から調達できるように思いがちだ。しかし、組織力の向上という視点からするならば、「即戦力」を求めることは近視眼的で必ずしも合理性があるとはいえない。

 管理職は部下に対して「出来なかったこと」が「出来るようになる」という実感を持たせることが重要である。極端にいえば、最初はあいさつもろくにできなかった新人が、あいさつができるようになる。あるいは報告文書もまともに書くことができなかった新人が、とりあえず読んで意味が通じる報告書を提出できるようになり、やがて自ら企画書や提案書を提出するようになる。こうした部下の成長の軌跡を見ることを“自らの喜び”とすることが管理職の役割でもある。
 部下の成長を“自らの喜び”とすることができる管理職は、当然のことながら自分自身の成長をも実感することが出来る。この実感が自らの業務に対する矜持を形成することにもつながるものだ。つまり、管理職にとっての部下育成とは自分自身を成長させることと同意語である。

 部下育成とは言い方を変えれば、業務内容を「作業から仕事へ」と転化させていくプロセスでもあることも忘れてはならない。管理職は孟子の『君子有三楽』ではないが、部下の上に君臨することではなく、“優れた部下を育成する”ことを楽しむことだ。
 もちろん部下に成長を促していくためには、適時・適切な評価実践が不可避である。ただし、評価は部下相互を比較する「相対評価」ではなく、一人の部下がどう成長したかを評価するという「絶対評価」でなければならない。このため、管理職は自らの「評価基準」を部下に明確に示す定量的なKPIを持つことが評価の恣意性を防ぐことになる。

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