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週刊Neue Fahne

2018年09月03日号

上司のミッションとは部下に成果をあげさせること

企業組織において部下と上司(管理職)の関係は、基本的に指示・命令を発する側と受ける側の関係と位置づけられる。しかし、この指示・命令関係はあくまでも上司の職務での役割機能であり、私生活を含めた人間関係全般を規定するものではない。上司が部下に指示・命令を発するのは、組織体がよりよい成果や結果を生み出すための手段に過ぎない。
  もちろん、成果や結果によって生み出される組織の成長や蓄積過程は、一人ひとりの部下の成果や成長に寄与できるものでなければならない。仮に上司が自らの職権を用いて部下を“意のままに動かそう”などと恣意的な考えに陥った瞬間から、部下への指導性は瓦解することになる。

  上司にとって重要なことは、部下を指示・命令に従わせることではなく、組織としての方向性を示し“上司の考え方や行動を理解させる”ということである。この際に前提となることは、上司自身が“部下の考えや行動を理解する”ということだ。上司がこうした相互性を意識することなく、部下への指示・命令一辺倒に終始するならば、部下の仕事に対する意欲を萎えさせることになる。
  上司が部下に対して単純に指示・命令への服従を求めることは表面的には簡単である。何故ならば、組織体における上下関係とは“上席の者に対して下の者は基本的に反論しない”ということで成立しているからだ。このため、部下に対して単純な指示・命令を繰り返し、それに従う部下の姿を見続けている上司は、何時しか“自分の部下への厳しい接し方が指導である”という錯覚をおこすことになる。

  部下に対しての指示・命令を繰り返すことが“上司の指導である”という意識に取りつかれた上司は、部下を動かすことを安易に考えている証左でもある。また、知らず知らずに上司を「裸の王様」にさせてしまう。単純な指示・命令を繰り返す上司に対して部下が採る常套手段は、「とりあえず納得はしていないが言われたことだけすればよい」という行動である。この結果、部下も上司からの指示・命令を受けることが習い性となり、指示・命令に依存することになる。
  悪くすると周囲に対して表面的には一所懸命やるふりをするが、周りが見えないところで手抜きやサボりはじめることになる。正に故事にいう「小人閑居して不善をなす」ということになる。つまり、指示・命令に従順に従うが実は依存している部下、従うふりをして手抜きをする部下、双方とも上司の顔色をうかがう行動に終始することに大差がないということだ。こうした組織集団は、あらゆる場面において“一見すると上からの命令”には従順だが、組織体として目標達成への気迫が薄れ最終的には無責任集団へと転嫁することになる。

  指示・命令を連発することで自己満足している上司は、周囲からは“命令する自分に酔っている”と滑稽に映るものだ。上司が単なる職務上の役割である指示・命令を拡大解釈して、“自分は指示・命令する側であり、部下は命令に従わなければならない”という人間観を持ち始めるならば、部下に対して単純に「命令だから仕事をせよ」という仕事の与え方に終始することになる。こうした環境の下では、部下に「やらされ感」しか生み出さない。同時に現象的には「面従腹背」の悪循環が繰り返されることになる。そして組織に閉塞感を生み出し全体のパフォーマンスを低めてしまう。
  上司が表面的な厳しさや自尊心のために指示・命令を繰り返している限り、部下の意欲が高まることはない。人間は感情の生き物である。いやいや働かされている部下は、成果を出せない。上司にとって“部下に進んで仕事をさせる”ことは確かに簡単ではない。しかし、部下を前向きに仕事に取り組ませ、成果をあげさせることが、上司に課せられた最大のミッションであることを忘れてはならない。

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