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週刊Neue Fahne

2019年08月26日号

自分の存在価値は絶対評価で決まる

職務遂行能力という面で見たならば「必要人材」の基準は、各企業によって異なる。しかし、単なる技能や職務能力の側面だけで見たならば、A社で能力を発揮できなかった者が、B社ではその能力を開花できるというケースは多々発生する。
 ところが、就労意識や態度能力の面からみたならば、A社で「不要な人材」であると判断された者が、B社で「必要な人材」であるわけがない。またB社で「必要な人材」であると思われている者が、A社では「不要な人材」であるはずもない。つまり、就労意識や態度能力での「必要な人材」と「不要な人材」は、会社ごとに異なっているわけではない。まして、会社規模で異なるわけでもない。

  企業組織にとって「必要な人材」と「不要な人材」を区分する基準は何か。それは、企業組織の業績と自らのパフォーマンスを関連付けて捉えることができているか、できていないかの差でもある。「会社の方向は経営陣が決めるもので、自分には関係がないもの…」と考えている者は、今日の目まぐるしく変化する経営環境に無頓着で、厳しい現実を理解していないことになる。そして結果的に自らの存在価値を低めることになる。
  こうした感覚を持っている者も恐らく、終身雇用や年功という「日本型雇用制度」が機能不全に陥っていることを見聞きしているはずだ。しかし、人は得てして自分の身の上に発生しない問題は、他人事のように思ってしまう傾向がある。会社組織を構成する一人ひとりには、役割と任務を全うする責任が存在する。この感覚に鈍感であるならば、つまり就労意識や態度能力が低ければ企業組織において、成熟した相互関係を創りだしていくことができない。

  誰しも他者から「評価された。認められた。」と感じるときに自己の存在意味を見出すものだ。ただし、「認められる」ということは、片務的なものではなくあくまで相互的なものである。とりわけ企業組織に属している以上は、一方的に会社から「認められたい」と願ったとしても、自らが「認められる」努力や行動を怠ったならば、単なる「ぶら下がり」との評価が下される。
  自らが「認められる」という存在としてなっていくためには、自分自身が会社における存在価値を創りだしていかなければならない。この努力をせずに「認められたい」「存在価値を示したい」と思うようでは、周囲からうとまれるのが関の山だ。

  どのようにすれば周囲から認められ、自らの存在価値を示していくことができるのであろうか。そのキーワードとなるのが「貢献意欲」と「仕事の質を追求する」という2点に収斂される。「貢献意欲」とは、組織に必要な「共通の目的」と同様に組織が組織として存続するための必要要素に他ならない。自らは何もやる気がなく、ただ周りに同調しているだけ、という意識では組織は成立しない。また、「貢献意欲」が乏しく、マイナスに作用する存在であるならば、排除されることは当然のことである。
  企業組織ではさまざまな業務が発生し、細分化されてくる。そこにはいつしか「既得権」も生まれてくるものだ。しかし、仕事には質が問われる。一見すると非常に忙しそうに動き回っているように振る舞っていても、業績に直結していなければ意味がない。むしろ、存在それ自体が意味をなさないということでもある。自分の存在価値とは、他人との比較で相対化されるものではない。あくまでも所属している組織や社会からの絶対評価である。

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