人材育成が社員と会社組織の協働を創りだす

HOME >週刊Neue Fahne(テレワーク下でも普遍のマネジメント姿勢 -16- 職場ガバナンスの維持)

お問い合わせはこちらから 03-5297-1866

お問い合わせフォーム

株式会社ノイエ・ファーネ

東京都千代田区神田錦町1-4-8
ブロケードビル5階B

TEL.03-6260-5700 FAX.03-6260-5701

週刊Neue Fahne

2021年07月12日号

テレワーク下でも普遍のマネジメント姿勢 -16- 職場ガバナンスの維持

一昔前までは大企業に働く人びとの就労姿勢を揶揄して「大企業病」などといわれることが多かった。具体的には、責任所在の曖昧さや部門間の意思疎通の欠如、意思決定の遅さ、組織全般に広がる融通の利かなさだ。もちろん大企業組織で発生しがちな官僚主義的な体質や弊害も「大企業病」といわれてきた。一言でいうならば“危機感の欠如”ということを表現したものだ。
  しかし、最近では大企業において、この「病」の克服に向けての取り組みが否応なく進んでいる。何故ならば「寄らば大樹の陰」的な牧歌的意識などが通用しないことが自明となり、企業も様々な評価制度などを用いてこの種の意識を払拭させることに努めているからだ。ただし、この種の意識は内発的に転換されなければ、一人ひとりの従業員にとっては「他人ごと」となり組織全体の意識変化に結びつかないものだ。

  企業組織を取り巻く経営環境の変化に対する反応は、残念ながら一般の従業員に浸透するまでに相当の時間がかかる。つまり、社会の変化は企業経営に直接的な影響を及ぼすが、その影響に対して一人ひとりが自らの問題として意識するまでにはタイムラグが発生するということだ。このタイムラグは“危機感の欠如”としてあらわれるものだ。とりわけ「今日の雇用のあり方」をめぐる流れを「自分のこと」として受け止めることは難しい。
  自分が行っている仕事の意味づけや意義づけをすることなく、単に「上から与えられた仕事をこなす」ことに終始している者が、仕事を「自分のこと」と意識するためには、内発性を誘導する相当の外圧が必要となる。つまり、刺激が必要となるということだが、この外圧の役割を買って出なければならないのが、現場のマネジメントである。

  今日「大企業病」と総称されてきた「病魔」は、大企業よりも大半の中小企業に観られる傾向である。それは、この「病魔」が単に企業規模によって発生するものではないからだ。この「病魔」の主たる要因は、企業組織へのかかわり方や就労意識に根ざした、一人ひとりの没主体的な“上のいうことを聞いていれば何とかなる”という「危機感」の欠如にある。
  創業期から意志決定がトップに委ねられている企業組織においては、従業員の“危機感の欠如”傾向が常態化しがちである。とりわけ管理職クラスの中に「経営者への過度な期待感」が発生している場合には、「すべては経営者のいうことに従っていればよい」という意識が組織全体に伝播する。この結果、「最後は経営者が決定するのだから…」という意識が組織に蔓延しはじめる。すると管理職も自らに課せられた役割に対する認識がますます低下するという悪循環に陥ることになる。

  中小企業の従業員にありがちなのは「経営者がすべて決定してくれる」との思いである。一方で大企業では往々にして「経営陣批判」が常態化が始まる。いずれも個人の果たすべき役割や責任の所在をあいまいにする方便である。この行き着く先には、経営判断を常に待ち望みつつ、決定に対する“面従腹背”と指示に対する“馬耳東風”の姿勢が蔓延る「忖度に長けた」組織が待っている。
  コロナ禍でのテレワークで「テレワークを導入したのはいいが、どうやってマネジメントしていけばいいか分からない」という管理職が増加していると喧伝されている。しかし、こうした現象は、単にテレワークが引き金となり顕在化したに過ぎない。潜在的に存在し職場を蝕んでいた「何とかなるだろう」という他人任せの“危機感の欠如”の露呈に過ぎない。「どうやってマネジメントしていけばいいか分からない」とは、そもそもマネジメント機能が果たされていなかったことを意味し、職場マネジメントのガバナンスが欠如していた証左でもある。

一覧へ

ページのトップ