
2026年05月25日号
中小・中堅企業における管理職問題の根底には、「生存者利益」による自動昇進という構造的な歪みがある。ここでいう生存者利益とは、厳しい競争や適性評価を勝ち抜いた結果ではなく、「辞めずに長く残っていた」という事実そのものが昇進理由になってしまう現象である。もちろん、中小・中堅企業にも課長や部長といった役職は存在する。しかし、その多くは「役職の形」があるだけで、「マネジメント能力」が伴っていない。相応規模の企業では、一定規模の同期競争、多面評価、異動経験などを通じて、少なくとも「管理職として最低限必要な能力」を確認される。一方、中小・中堅企業では、人材層そのものが薄く、離職者も多いため、「残っている人」が自然に管理職になるケースが少なくない。
この典型が、「プレイヤーとして優秀だった人」の昇進である。営業成績が良かった、現場作業が速かった、顧客対応が上手かった―こうした実務能力は評価されても、「人を育てる力」「組織を整える力」「再現性ある仕組みを作る力」が検証されることはほとんどない。しかし、本来の管理職とは、自分が成果を出す人ではなく、「組織として成果を出させる人」である。ここに決定的なズレがある。
中小・中堅企業では、このズレが長年放置されてきた。なぜなら、企業規模が小さいほど、「自分でやったほうが早い」という発想が合理的に見えてしまうからだ。とりわけ中小企業では、社長やベテラン社員が自ら動いたほうが確かに早い。しかし、その成功体験を引きずったまま組織規模だけが拡大すると、管理職は部下育成や業務標準化を避け、「自分しかできない仕事」を抱え込むようになる。
結果的にマネジメントは極端に属人化する。部下指導は「上司の性格次第」になり、評価基準も曖昧になる。ある部署では細かく育成される一方、別の部署では放置される。同じ会社なのに、上司によって職場環境がまるで違う。これは制度ではなく、「個人の資質」に依存している状態である。
深刻なのは、多くの管理職自身が「管理職は学ぶもの」という意識を持っていないことである。中小・中堅企業では、現場経験を積み、年次を重ねれば自然と管理職になるケースが多い。そのため、「管理職とは後天的に訓練される専門職である」という認識が希薄になりやすい。営業、製造、経理などの実務には勉強が必要だと考えていても、マネジメントについて体系的に学ぼうとする人は驚くほど少ない。しかし、本来、マネジメントとは極めて高度な職能である。部下育成、目標設定、評価、業務改善、組織運営、心理的安全性の確保、世代間調整――求められる役割は年々複雑化している。特に2026年現在は、若手社員の価値観も多様化し、「昔ながらの背中を見て覚えろ」という指導はほとんど機能しなくなっている。
ところが「自分も教わっていないから」「忙しくて学ぶ時間がない」という理由で、管理職自身が学習を止めてしまっているケースは少なくない。その結果、自らの経験則だけで部下を判断し、「自分が若い頃はこうだった」という価値観を押しつける。マネジメントがアップデートされず、組織全体が時代から取り残されていくのである。
この問題を管理職個人の責任だけに押しつけるのも正しくない。企業側にも大きな責任がある。多くの中小・中堅企業では、管理職に対して「成果を出せ」と求める一方で、「どう育成するか」をほとんど教えていない。現場を回しながらプレイヤー業務も抱え、さらに部下育成まで求められる。これでは、管理職が学習する余力を失うのも当然である。本来、企業は管理職に対して、「学べ」と精神論を求めるだけではなく、学ぶ機会と時間を制度として保障しなければならない。評価制度、1on1訓練、コーチング、労務知識、フィードバック技術などを継続的に学ばせる仕組みが必要である。管理職教育を「コスト」と見なして後回しにしてきた結果、属人的な組織運営が固定化し、若手離職というさらに大きな損失を招いているのである。
深刻なのは、人事評価そのものが「雰囲気」で行われやすい点だ。多くの中小企業では、管理職自身が評価訓練を受けていない。何を観察し、どのように評価し、どのように育成へつなげるかという基本が共有されていない。そのため、「なんとなく仕事ができそうに見える人」が高く評価されやすい。
特に問題なのは、声が大きく、自己主張が強く、「忙しそうに見える人」が得をしやすいことである。逆に、地道に仕事を回し、周囲を支え、トラブルを未然に防いでいる人ほど目立たない。組織として成果を下支えしている人材が正当に評価されず、「やった者勝ち」「言った者勝ち」の空気が形成される。
これは単なる不公平の問題ではない。組織文化そのものを壊していく。健全な組織では、「誠実に積み上げる人」が報われなければならない。しかし、属人的なマネジメントが続く組織では、若手社員は次第に学習する。「真面目にやるだけでは損をする」「上司に気に入られるほうが重要だ」と。すると、報連相や協調性よりも、自己演出や責任回避が優先されるようになる。現在は、労働人口減少によって若手人材の価値がかつてなく高まっている時代である。優秀な若手ほど、「成長できない環境」「理不尽な評価」「属人的な運営」に敏感であり、見切りも早い。昔のように、「辞めても行く場所がない」という時代ではない。
多くの中小・中堅企業では、いまだに「管理職教育に時間を割けない」と言い続けている。しかし実際には、教育コストを惜しんだ結果、離職コストや採用コスト、組織崩壊コストを何倍も払っているのである。
管理職は「経験年数」で自然に育つものではない。まして、「残っていたから」という理由で務まる役割でもない。管理職とは、本来は専門職であり、訓練が必要な職能である。中小・中堅企業が本当に変わるためには、「誰を昇進させるか」だけではなく、「管理職をどう育てるか」という視点が不可欠になる。そして、人ではなく仕組みで組織を動かす方向へ転換しなければならない。“生存者利益による自動昇進”を放置したままでは、属人化はさらに進み、若手は離れ、企業は静かに弱体化していく。今、中小・中堅企業に求められているのは、単純に「役職者を増やすこと」ではない。「マネジメントを真に担える者」を育てる覚悟だ。
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