
2026年06月08日号
中小・中堅企業の経営者と話をしていると、「管理職が育たない」という悩みを耳にする機会が多い。しかし、その実態を詳しく見ていくと、管理職候補の能力不足だけが問題ではないことが分かる。むしろ多くの場合、管理職自身が自らの役割を誤解しているのである。特に目立つのが、「部下の代表者」であろうとする管理職の存在だ。
本来、管理職とは経営方針を現場に浸透させ、組織目標を達成するための責任を負う立場である。ところが中小企業では、現場の延長線上で昇進するケースが多いため、「自分はみんなの仲間である」「部下の気持ちを代弁する存在である」という意識を引きずりやすい。その結果、本来果たすべきマネジメント機能よりも、人間関係の維持や人気取りを優先するようになる。管理職本人に悪意はない。むしろ善意からそうした行動を取る。この善意こそが組織運営においては有害になることがある。経営者が期待しているのは現場の代弁者ではない。経営と現場を接続する責任者である。
管理職は決して冷酷である必要はない。しかし、非情な判断から逃げてはならない。成果が不足している社員には改善を求めなければならず、ルール違反には是正を求めなければならない。時には本人の希望に反する配置転換や評価を行うことも必要になる。ところが「いい人でありたい」という欲求が強い管理職ほど、こうした判断を避けようとする。「今回は見逃そう」「本人も頑張っているから」「厳しいことを言えば関係が悪くなるかもしれない」。こうした配慮は一見すると人間的である。
経営の観点から見れば、それは責任放棄に近い。なぜなら、管理職が曖昧な対応を取れば取るほど、組織の原理原則が崩れていくからだ。成果を出している社員と出していない社員の差が曖昧になり、規律を守る者と守らない者の扱いが同じになれば、組織は必ず劣化する。人は不公平には敏感である。管理職が一人を守ったつもりでも、その陰で真面目な社員の信頼を失っているケースは少なくない。若手社員が会社を辞める理由は給与だけではない。努力が正しく評価されないことへの失望も大きな理由なのである。
さらに中小・中堅企業では、管理職の能力不足よりも「学ばなくなること」の方が深刻な問題となる。小規模な組織では外部との比較機会が少なく、成功体験がそのまま絶対化されやすい。特に長年同じ会社で働いてきた管理職ほど、「これでやってこられたのだから間違っていない」という思考に陥りやすい。役職が上がれば周囲も遠慮を始め、本人に耳の痛いことを言う人間はいなくなる。その結果、自分の判断を疑わなくなる。だが本当に危険なのは能力の低い管理職ではない。自分は正しいと思い込んだ管理職である。
組織の現場では、正論を語る人間が必ずしも組織に貢献するとは限らない。声の大きい社員ほど不安定な場合もある。温厚な社員ほど限界まで我慢して突然退職することもある。人間は理屈だけでは動かない。感情や承認欲求や不安によって行動する。だからこそ管理職には、自らの判断を疑い続ける姿勢が必要になる。「自分には見えていないものがあるかもしれない」という感覚を持てる人間だけが、組織の変化を察知できるのである。
人口減少によって人材確保が難しくなった現在、管理職の質は企業の存続そのものを左右する経営課題になっている。かつては多少管理職の能力が低くても、採用によって補うことができた。しかし、今は違う。力量の低い管理職の下では若手社員が定着しない。優秀な人材ほど外部労働市場での選択肢を持っているため、理不尽な組織から静かに去っていく。
管理職に求めるべきなのは、「部下から好かれること」ではない。「組織の原理原則を守れること」である。人を管理するのではなく、成果を出せる環境を整えること。そして必要な場面では嫌われることを恐れずに決断することだ。管理職が捨てるべきなのは優しさではない。捨てるべきなのは、「いい人でありたい」という自己満足に近い欲求である。組織は人気投票では運営できない。経営の意図を理解し、公平な基準を貫き、その結果はもとより日常業務に責任を持って取り組む者だけが、本当の意味で管理職と呼ばれるのである。
| 一覧へ |
![]()