
2026年07月06日号
管理職に求められる資質を尋ねると、多くの人が「部下から信頼されること」「相談しやすいこと」「人望があること」などを挙げる。それ自体は決して間違いではない。しかし、その価値観が一歩行き過ぎると、管理職は「信頼される人」ではなく、「好かれる人」を目指し始める。そして、この小さな意識の変化が、組織の秩序を静かに崩壊へ導いていくのである。
中小・中堅企業では、現場で成果を上げた社員が管理職へ昇進するケースが多い。昨日まで共に汗を流していた仲間を、今日からマネジメントする立場になる。ところが「自分も現場の一員である」という感覚を持ち続ける管理職は少なくない。部下の気持ちが理解できることは管理職として重要な資質である。しかし、それと部下へ迎合することは全く別の問題である。
迎合が始まると、管理職の判断基準は組織の原理原則から人間関係へと移っていく。成果が不足している社員への指導をためらう。勤務態度に問題があっても厳しく注意できない。本来は低い評価が妥当であっても、「かわいそうだから」「モチベーションが下がるから」という理由で評価を甘くする。その瞬間、管理職は部下を守っているつもりになる。しかし、本当に守っているのは部下ではない。自分と部下との良好な関係なのである。
組織運営には守るべき原理原則がある。成果を出した人が正当に評価されること。ルール違反には一定の是正措置が講じられること。責任と権限が一致していること。そして誰に対しても同じ基準で判断することである。これらが維持されて初めて、社員は組織に対して公正性を感じ、安心して仕事に取り組める。ところが管理職が情意を優先し始めると、その公正性は急速に失われる。真面目に努力している社員ほど、「結局は好き嫌いで評価が決まる」と感じるようになるのである。
人間は本質的に感情の影響を受ける存在である。つまり、情意に「弱い」ということである。自分に好意的な相手には甘くなり、反対意見を述べる相手には厳しくなりやすい。これは誰にでも起こり得る心理である。だからこそ管理職は、自らの感情ではなく、組織としての判断基準を優先しなければならない。基準が曖昧になれば、部下は成果を追い求めるのではなく、上司の顔色をうかがうようになる。「何をすれば成果につながるか」ではなく、「どうすれば上司に気に入られるか」が行動基準になった組織に成長はない。
管理職が本来マネジメントすべきものは、人そのものではなく職場環境である。仕事の目的が共有されているか。必要な情報が適切に流通しているか。努力した人が報われる仕組みになっているか。挑戦と失敗が学びへと結び付く環境が整備されているか。こうした環境を維持するためには、ときに厳しい判断も避けられない。規律を乱す行動には是正を求めなければならず、公正性を損なう言動には毅然と対応しなければならない。それを「嫌われたくない」という理由で先送りすれば、守るべき職場環境そのものがすぐさま瓦解する。
長期間にわたり同じ部署、同じ上司・部下の関係が続くことにも注意が必要である。時間の経過とともに仕事は属人化し、人間関係は固定化する。「この上司だから頑張る」「この部下だから甘く見る」という情意が組織に入り込み、やがて本来は人ではなく仕組み=機能で動くべき組織が、人間関係で動く組織へと変質していく。人事異動や担当変更には、この属人化を防ぎ、組織全体の健全性を維持するという重要な意味がある。誰が担当しても一定の成果を上げられる状態こそが、成熟した組織といえる。
管理職が捨てるべきなのは、人間としての優しさではない。捨てるべきなのは、「いい人でありたい」という欲求である。管理職の使命は、自分が好かれることではなく、組織が成果を出し続けられる環境を維持することにある。そのためには、ときに耳の痛いことを伝え、ときに厳しい評価を下し、ときに部下から不満を向けられることも受け入れなければならない。その責任から逃げない姿勢こそが、本当の信頼を生み出すのである。同時にこれは公正性を貫く覚悟を持つということでもある。そして、その覚悟の積み重ねこそが、組織に揺るぎない信頼を蓄積させていくことになる。
人口減少による人材不足が深刻化する現在、若手社員は給与や福利厚生だけで会社を選んでいるわけではない。管理職が公正であるか、自分たちを成長させる環境が整っているかを冷静に見ている。原理原則よりも迎合が優先される組織から、人は静かに離れていく。管理職に必要なのは人気ではない。信頼である。そして信頼とは、迎合ではなく、原理原則を守り続ける姿勢の積み重ねによってのみ築かれる。
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