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週刊Neue Fahne

2026年07月13日号

中小・中堅企業に内包する管理職人材の課題-18-管理職の「労組化現象」

 中小・中堅企業の管理職を見ていると、近年、一つの特徴的な傾向を感じることがある。これは一種の「管理職の労組化現象」である。もちろん実際の労働組合を意味するものではない。本来は経営側の立場で組織運営を担うべき管理職が、心理的には従業員側に立ち、部下の立場や感情を優先して考える思考様式である。さらに特徴的なのは、部下がまだ何も言っていないにもかかわらず、「現場は反対するだろう」「社員は納得しないだろう」「負担が増えれば辞める人が出るかもしれない」と、困りごとを先回りして経営へ代弁してしまう点にある。
 本来であれば「現場はそう感じるかもしれない。では、どうすれば理解を得ながら実現できるか」と考えるべきところを、「現場は反対するからできない」と結論づけ、思考を止めてしまうのである。管理職は部下の代弁者ではない。経営と現場をつなぎ、組織目標を実現するための責任者である。管理職が現場の代弁者になった瞬間、その人はマネジメントを放棄している。

 この傾向は、特に地方の中小企業で散見される。その背景には、人事制度や昇進の仕組みがある。長年同じ職場で苦楽を共にした仲間が、そのまま課長や部長へ昇進するケースが多いため、「自分も現場の一員である」という意識が抜け切らないのである。仲間意識そのものは決して悪いものではない。しかし、それが強すぎると、管理職として果たすべき責任との間に矛盾が生じる。成果不足の社員への指導をためらい、勤務態度の乱れを見過ごし、本来なら低い評価を付けるべき場面でも「かわいそうだから」と評価を甘くする。
 その結果、本来評価されるべき社員との公平性が失われ、組織全体の信頼が揺らぎ始める。一方、都市部の企業では、管理職が部下との接触そのものを避ける傾向も見受けられる。背景にはハラスメントへの過度な警戒がある。必要な指導さえ躊躇し、結果としてマネジメントを放棄してしまうのである。形は違っても、「嫌われたくない」という心理が管理職本来の役割を弱めている点では共通している。そして、これは知らずしらずに職場のガバナンスを蝕むことになる。

 管理職に求められるのは人気ではなく責任である。管理職の仕事とは、人そのものを管理することではなく、組織が成果を生み出す環境を整えることである。そのためには、ときに厳しい判断も避けられない。ルール違反を是正し、役割を果たさない社員には改善を求め、組織全体の利益を個人の都合より優先する場面もある。それは決して冷酷だからではない。公平性を守るためである。組織は原理原則の上に成り立っている。
 成果を出した人が正当に評価され、責任と権限が一致し、ルールが等しく適用されるからこそ、人は組織を信頼する。しかし、「いい人でありたい」という感情が原則より優先されると、その公平性は崩れていく。さらに管理職が感情・情意で判断を始めれば、自分に好意的な部下には甘く、耳の痛い意見を言う部下には厳しくなる。やがて職場では、「何が正しいか」ではなく、「上司に気に入られること」が行動基準となり、組織は静かに活力を失っていく。

 人口減少が進み、人材確保が企業経営の最重要課題となった現在、若手社員は管理職を驚くほど冷静に見ている。評価の公平性は保たれているか。ルールは全員に同じように適用されているか。管理職は責任から逃げていないか。その姿勢を見極めながら、自らの将来を判断している。原理原則が守られない組織から、人は静かに去っていく。管理職は部下の代弁者でもなければ、人気投票の候補者でもない。経営の視点と現場の実情を結び付け、時には嫌われ役を引き受けながらも、組織全体の利益を実現する責任者である。
 人への配慮や思いやりを欠かしてはならないことは当然である。しかし、それは迎合とは異なる。管理職が捨てるべきものは人間としての優しさではない。「いい人と思われたい」という執着と邪念である。組織に必要なのは、誰からも嫌われない管理職ではない。公平な基準を貫き、必要な判断から逃げず、責任を持って職務を担う管理職である。その姿勢こそが、組織の信頼を育み、企業の持続的な成長を支える。

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