
2026年08月03日号
改めて問わなければならないことがある。それは「視野の狭さ」の問題である。ここでいう視野の狭さとは、単に知識が乏しいとか、勉強不足であるという意味ではない。自分の部署、自分の仕事、自分の経験、自分の価値観だけを基準に物事を判断し、それを組織全体の基準であるかのように考えてしまう状態を指す。中小企業では、いったん管理職になると「怖いものがない」という状況が生まれることがある。大企業のように人事異動や配置転換が定期的に行われるわけでもなく、同世代との昇格競争が激しいわけでもない。降格も少ない。結果として、自分が仕切る部署の中だけでは、管理職自身が一種の「社長」になってしまうのである。
社長や役員の前ではおとなしくしていても、自分の部署に戻れば、部下に対して強権的に振る舞う。意見をする部下を「扱いにくい社員」とみなし、人事評価を低くつけたり、他部署への異動を働きかけたりする。異動した社員が組織になじめず退職すれば、「自分の判断は正しかった」と思い込む。この繰り返しが、管理職自身の自己評価を過度に高め、さらに視野を狭くする。問題は、本人がそれに気づく機会がほとんどないことである。
その背景には、「自分を知る機会」の少なさがある。大企業では、人事異動や配置転換によって、自分の能力や社内における評価を否応なく意識させられる場面がある。花形部署から地方拠点へ異動すれば、自分が会社からどう見られているのかを考えざるを得ない。もちろん、異動が必ずしも評価の高低を意味するわけではないが、少なくとも「自分はこの会社の中で何を期待されているのか」を考える契機にはなる。一方、小規模な企業では、入社してから定年まで、ほとんど同じ部署、同じ仕事、同じ人間関係の中で過ごすことも珍しくない。そのため、自分の仕事ぶりを相対化する機会が少ない。
しかも、情報や意識、目標が組織全体で十分に共有されていなければ、管理職は自分の部署だけを見て仕事をすればよいという状態になる。会社全体の利益よりも「自分の部署がうまく回っているか」が優先され、他部署との関係や後工程、顧客、さらには会社の将来まで考えなくなる。まさに「お山の大将」であり、外から見れば裸の王様であっても、本人にはその姿が見えない。視野の狭さとは、本人が狭い世界にいることそのものよりも、「自分の見えている範囲が世界のすべてだ」と思い込んでしまうことに問題がある。
さらに深刻なのが、正しく評価する仕組みの弱さである。中小企業では、人事評価の基準が曖昧であったり、一次考課者である管理職がつけた評価を社長や役員が大幅に変更したりすることがある。部下を日常的に観察し、仕事ぶりを「見取り」、その事実に基づいて評価するという基本的な考え方が十分に浸透していない場合も多い。そうなると、実際に部下を育成している管理職よりも、上層部に気に入られる管理職、あるいは「仕事ができそうに見える」社員のほうが評価されるという逆転現象が起きる。組織としての人材育成を担うべき管理職自身が、教育訓練を受けないまま管理職になっているのであれば、なおさらである。
こうした会社では、部下を丁寧に育てる上司が社内で浮き、むしろ部下に仕事を教えず、強い態度で押さえつける上司のほうが「管理職らしい」と受け止められることすらある。本来、組織の中で淘汰されるべき行動が淘汰されず、逆に望ましい行動をする人間が浮いてしまう。この構造こそ、中小企業の人材育成を難しくしている大きな要因である。「大企業は終身雇用・年功序列、中小企業は実力主義」という説明が、少なくとも数十年前から繰り返されてきた。しかし、現実を見れば、中小企業だから実力主義だと簡単に言い切ることはできない。むしろ、評価の仕組みが未成熟であるがゆえに、上司の主観や社内の人間関係が人事を左右する場合もある。だからこそ、事実に即して組織を見る視野が必要なのである。
視野の狭さをどう克服するのか。第一に必要なのは、管理職自身が「自分の経験は会社の基準ではない」と認識することである。第二に、異動や配置転換だけに頼るのではなく、他部署との仕事を経験する、他社の事例を知る、顧客や取引先の声を直接聞くなど、自分の世界を相対化する機会を意図的につくることである。そして第三に、管理職を評価する際に、単に自部署の数字を達成したかだけではなく、部下を育てたか、他部署と連携したか、会社全体の利益を考えて行動したかという視点を組み込むことである。
視野の広い管理職とは、何でも知っている人ではない。自分の知らないことがあると理解し、自分の判断を疑い、他者の意見を取り入れながら、会社全体を見て判断できる人である。小さな会社ほど、社内だけを見ていてはならない。外の世界を知り、自分自身を相対化し、部下を育て、組織全体を見渡すことが求められる。管理職の「視野の狭さ」は、本人だけの問題ではない。それを放置し、修正する機会を与えず、むしろ評価してしまう組織の問題でもある。だからこそ、管理職を育てるとは、単に仕事を教えることではない。自分の世界から一歩外へ出て、自分自身を見直す機会を与えることでもある。「管理職が育たない会社では、人材は育たない」という問題も、突き詰めればここに行き着く。管理職の視野を広げることは、管理職本人を変えるだけではない。それは、組織そのものの視野を広げることである。
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