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週刊Neue Fahne

2026年08月24日号

地方中小企業の人材開発課題-2-定着しない役割意識

「あなたの仕事は何ですか」と尋ねたとき、往々にして地方中小企業の社員から返ってくる答えは、必ずしも職務として明確なものとは限らない。「営業です」「事務です」「製造(工場)です」という職種の説明はできても、「自分には何の役割があり、どこまで判断する責任を負っているのか」と問われると、途端に曖昧になることがある。これは個人の職務能力不足というより、そもそも企業の中で「職務」や「役割」という考え方が十分に定着していないことに起因している。
 その背景には、前回述べた「地主―使用人」的な組織観がある。使用人に求められるのは、自らの役割を定義し、その範囲で主体的に判断することではない。主人から与えられた仕事を忠実にこなすことである。従って、「何をするか」は上から与えられるものであり、「なぜそれをするのか」「自分にはどこまで判断できるのか」「判断しなければならないのか」という問いが生まれにくい。会社の中で「役割」よりも「言いつけ(命令)」が優先されるのである。

 こうした組織観は結果的に「指示待ち」の社員が生まれる温床となる。経営者や上司から見れば「もっと自分で考えてほしい」となる。しかし、社員側からすれば「勝手に判断するなと言われてきた」という経験がある。過去には、言われたこと以外をすると「余計なことをするな」と叱られ、自己判断で行動して問題が起きれば「なぜ勝手にやった」と責任を問われてきた。そのような社会的環境で、「主体性を持て」と言われても簡単には変わらない。主体性を求めるのであれば、主体的に判断できる権限と、失敗したときに組織として支える仕組みが必要なのである。
 さらに問題なのは、「役割」「権限」「責任」が一体として設計されていないことである。例えば営業担当者に顧客対応を任せながら判断権限が曖昧となる。それにもかかわらず、顧客との間で問題が起きると「営業担当なのだから責任を持て」と言う。この構造では、社員は責任を回避するために上司への確認を繰り返すことになる。そして上司は「いちいち聞かずに自分で考えろ」と言いながら、最終的には自分で判断してしまう。しかも、ベテランになるほ、ど不都合な事態を“隠してやり過ごす”発想すら生まれてしまう。この繰り返しによって、社員の役割意識はいつまでも定着しないままで、組織風土化していく。

 地方中小企業では、「人」に仕事を付けてしまう傾向が強い。結果として担当者の経験と記憶によって仕事が成立することになる。これは一見すると熟練者を大切にする文化に見える。しかし、その人が退職した途端に仕事が回らなくなるのであれば、それは組織能力ではなく個人能力に依存しているだけである。役割が定義されていないから、仕事が人に付着するのである。この問題は人材育成にも直結する。「仕事は見て覚える」「先輩の背中を見て覚えろ」という教育は、経験を通じた学習として一定の意味を持つ。しかし、そこで得られた知識が標準化されなければ、次の世代に継承できない。しかも、教える側も自分の経験を体系化していないため、「なぜそうするのか」を説明できない。「昔からそうしている」「これが普通だ」という説明で終わってしまう。こうして経験は知識になることなく、単なる慣習として再生産される。
 役割意識を定着させるためには、まず「この仕事は誰の仕事か」ではなく、「この機能は組織の中で何のために存在するのか」を明確にしなければならない。そのうえで、誰が実行し、誰が判断し、誰が承認し、誰が結果に責任を持つのかを明らかにする必要がある。役割とは単なる業務一覧ではない。目的、権限、責任、成果が一体となって初めて、社員は自分の仕事を「自分の役割」として認識できる。

 ここで重要なのは、古参社員の経験を否定しないことである。長年培われてきた経験には、組織にとって貴重な知恵が含まれている。しかし、それを「自分だけが知っている仕事」として保持するのではなく、業務手順、判断基準、顧客対応の原則などとして言語化し、組織の共有財産に変えていく必要がある。人材開発とは、経験者を称賛することではなく、経験を組織能力へ変換することである。
 地方中小企業において「役割意識が定着しない」のは、社員に責任感がないからではない。むしろ、長い間「主人から与えられた仕事を忠実にこなす」ことが評価され、自らの役割を考える機会が与えられてこなかった因襲に起因しているからである。だからこそ、「もっと主体的になれ」と社員に要求するだけでは何も変わらない。経営側は共同体的体質の中で社員の側に無意識に形成された「指示を待つ使用人的な意識」を理解する必要がある。
 もちろん、この意識は経営をはじめマネジメント層にも存在している自覚が必要である。そのうえで組織構成員を「共通の目的に対して一定の権限と責任を持つ担い手」として位置づけ直す必要がある。役割意識の定着とは、社員の意識改革に期待することではない。それは、会社と社員との関係そのものを、「仕える関係」から「役割を担い、協働する関係」へ変えていく組織的な文化改革として展開されなければならない。

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